私の母は、入院中に血液透析用のカテーテルが抜け、出血し、意識の戻ることなく亡くなった。その母が亡くなったのは、4年前。
現在、横浜地方裁判所にて裁判を行っている。
-----------入院・診療経緯---------------------------------------------------
母は、首の膿を抗生剤にて減らすため、
2週間の予定で入院したのが11月30日。
入院時の説明資料では1週間と記載されているように
念のための入院だった。
その首の化膿は抗生剤では無くならず、手術で除去した。
その手術を行ったことで 母は口から食べられなくなった。
12月27日、主治医から消化管の出血の疑いがあると説明を
受け、年明けに内視鏡検査を行うと説明を受けていた。
しかし、炎症部位を鑑別する検査は行われなかった。
そして、1月10日、腸が破裂してしまう。外科医師から胃に穴があいてしまい手術しても、成功率0.01%,それでも手術するかと言われた。私は、母が下腹部が痛いと聞いていたため、手術することを決断し、胃ではなく腸だったため、手術は成功した。その後、母は回復傾向であり、一般病棟に移されていた。
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1月27日AM2時20分頃、看護師が血液透析用のカテーテルが抜けて、多量出血していた母に気づいた。
母の心肺は停止していたのである。
その後、なんとか蘇生し、ICUに入室となり、2月9日まで母は
がんばった。
でも、2月9日に意識が戻ることなく、亡くなってしまう。
その時間は、22時30分すぎだった。
その時、私がICUを出ると、病院内が騒しい。
私は病院の廊下に警官がいることに気がつき、
その警官を捕まえて、いきさつを説明、捜査をお願いした。事件性の可能性があると。
その後、警官は病院関係者と話をしているのか、姿が見えなくなる。
私たち家族は待たされ、やっとAM2時頃、病院関係者がでてきて葬儀屋をよんで帰れという。
そして、死亡解剖するため、母は家には直ぐ帰れないといいだした。
私たち家族は、叫んだ。
死亡解剖は必要ない!
カテが抜けて、多量出血して亡くなったは明確だ。
入院している患者の安全責務は病院側にある。
家に連れて帰るんだ。と
でも、私たち家族の訴えは認められず、
結局、母が自宅に戻れたのは1週間後となる。
始発電車は動くまでファミレスに入り、兄弟と話をしたが
誰も納得しているはずはなかった。
5人兄弟だが、男はおれだけ。私は、がんばることを決意する。

